古い高僧たちが教えてくれたこと
これは諏訪神社での出来事の続きです―。
「ここの神はどこです?」
モガミ殿にそう聞いたとき
少し呆れられたようでした。
『そのようなこともお忘れになられましたか?』
「ええ」
『あなた様と仲の良かったタケミナカタノカミ様ではございませぬか』
「はい」
『タケミナカタノカミ様は諏訪の海(湖)からは出られませぬ。
諏訪大社は信濃の国にございますが、そこからはお出になれないので
モガミ家の先祖が、その諏訪大社から山形にと
分けて建てさせて頂いたのがここなのです』
「ええ。少し覚えています。
天津神のアメノタヂカラオ様がニニギ様たちと一緒に
この国に降り立ったとき、力自慢だったタケミナカタノカミ殿は
最後まで国譲りを抵抗したのです。
しかし、それは井の中の蛙で、あっさり負けてしまって
逃げていったのが諏訪湖でした。
その時、この諏訪湖から出ないから許してくれと頼んだために
諏訪湖から出られなくなったのです」
『そうです』
「返さねばならない恩もあります。
またお目にかかれる日を楽しみにしておりますとお伝えください」
そうして諏訪神社をあとにしたのでした。
その夜のこと―。
夢と現実の間、夢うつつの世界で
一人の僧が話しかけてきました。
『ホウエンと申します。
出羽においでになられたなら
ホウジュザンリュウシャクジにお立ち寄りくださいませ』
「ええ。明日伺います」
『お待ちしております』
リッシャクジに到着したのはとても暑い時間でした。
階段を登るとそこには
ユイギョウ殿とホウエン殿がいらっしゃいました。
頭は坊主で、白の着物の上に紫の着物を着ておられ
ホウエン殿のお顔はほっそりとしていて
眉が薄く、目は下がっています。
「あなた方は神なのですか」
『人間の化身なのでわかり申さぬ。
神にはなれませぬ。
私の時代は神と仏は一緒でした。
しかしこれだけは申し上げられる』
「ええ」
『もうすぐ、アンエ様とジツゲン様が
延暦寺から降りてこられます』ユイギョウ殿
「はい」
『昔、あなた様はこちらにいらっしゃったことがあるのです。
その時、アンエ様、ジツゲン様、エンニン様とも会っておられます。
その後、今から30年ほど前に
アンエ様、ジツゲン様、エンニン様は延暦寺に戻られました。』ユイギョウ殿
「ええ」
『エンニン様が平安時代にここを開山いたしました。
その時、エンニン様はお年を召していらして
こちらまでいらっしゃる体力が無かったので
アンエ様とジツゲン様がこちらをおつくりになられたのです』ユイギョウ殿
「はい」
『あなた様がいらっしゃるということで
ジツゲン様とアンエ様もこれからいらっしゃる…』ユイギョウ殿
「どうなさいましたか」
『人が来たので少し隠れております』ユイギョウ殿
「わかりました」
それからしばらく黙っていたのですが
スウ―ッと二人のお坊さんが降り立ちました。
全員真っ白な着物の上に紫や赤の羽織ものをお召しで
アンエ殿とジツゲン殿だけは、大きな白い襟をつけていました。
左肩から濃い、赤朱色の金や銀色の模様を散りばめた
帯のようなものをかけています。
皆様、白・紫・赤の組み合わせなのですが、少しずつ微妙に違っていました。
『お久しぶりでございます』アンエ殿
「はい」
『諏訪神社にいらっしゃるということで
お会いしたかったのです』ジツゲン殿
『以前、お目にかかりましたときは
いつもは延暦寺にいらっしゃるエンニン様が
こちらにいらしたときでございました。
ここは30年前にユイギョウ様に代わったのです』ホウエン殿
「アンエ殿とジツゲン殿の襟はとても大きいのですね」
『この襟が高いのは天台宗の着物だからです。
そして紫は天台宗の最高位の者しか着られません』ジツゲン殿
「その肩からかけていらっしゃるものは何です?」
『これはホウエです。
赤いホウエは天皇家とお会いするときだけに羽織るものです』アンエ殿
『ここは隣にある神社から、寺に分かれたのです。
ヒエイ神社と申しまして、ここには山神様がおられました』ユイギョウ殿
不思議なことにこの寺は
敷地内から神社へ続く道がありました。
「でも、なぜ分かれたのです」
『まつりごとのゆがみから
分かれる事になったのです』ジツゲン殿
「ええ」
「私は今、あなた方に問いたい。
あなた方は古い高僧であられるから
わかるはずです。
今を修行する僧たちに
何か一言かけてやってください」
『我らは僧であるから、毎日様々な行を行う。
しかし一般の人々が行を行うことはない。
だが悟りはあらゆるところにあって
どのようなことでも1つのことを
一心に突き詰めることで悟りとなりうるのだ』アンエ殿
『人として生きる道として
タイシ様が説いた法を信じるものなり』ユイギョウ殿
「私にもあなた方と話せる限界が近づいてきたようです。
ありがとう。またお目にかかれることを願っています」
数百年という時の流れの中を
それぞれの世代で生きた高僧たちが
語る言葉はきっと
現代の人々の心に響くに違いないと
そう信じています。